Bianchi(ビアンキ)

戦国の頃、織田信長が大蛇を探しに来た池にお花見ポタリング^^@名古屋市西区「蛇池公園」

今日は、午後から時間ができたので有意義に・・・

名古屋は本日、桜の満開宣言がでました(笑)

平年より4日ほど遅いらしいです。

ということで、桜を求めてポタリングへ・・・。

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気がつけば今年に入ってはじめてのポタリング・・・

なんだかんだで5ヶ月ぶりに愛車ビアンキ君との散策です。

どうだろう、名古屋市西区中心に30㎞ぐらい走ったかな

いやぁ、それにしても今日は寒かった・・・。

北風ぴゅーぴゅー、まるで冬。

合瀬川沿いの桜・・・

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こちらは6分咲きぐらいかな・・・

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そして庄内川沿いを軽く流し・・・

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河川敷にて腰をおろして、もの思いにふける・・・

このひと時は至福の時間です(笑)

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向こうに見えるは、名古屋駅周辺。

空模様も、とても春の空ではありません。

凄い風です・・・。

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ここ庄内川からすぐのところに、本日の目標があるわけです・・・

土手が見えてきましたね。

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あっ、ここだここだ!桜のトンネルは・・・

んーこちらも満開ではありませんねぇ。

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まだまだ、蕾だらけ、5分咲きといったところでしょうか・・・

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地面をみると、セイヨウタンポポが顔を出してます・・・

寒いけど!春だ!春だ!

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よし!到着だぁ!

本日の目標地です(笑)

名古屋市西区の 「蛇池公園」 です・・・。

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結構、桜の名所として有名なんですがなんか桜の木の

少なさにちょっとびっくり・・・

これだけ?

たまたま犬のお散歩している方が声をかけてくれて

お話を聞くと、ここは2000年9月11日に東海豪雨に

襲われた時に、あたり一面浸水したらしいです。

それまでは土手の両脇と下の公園には、今以上に桜が

見事でしたが、護岸工事の際に伐採されてしまったそうです。

あの豪雨はすごかったからなぁ・・・納得。

さて、ではゆっくり鑑賞しましょう・・・

これが、あの伝説の池かぁ・・・

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この池、すごい歴史のある池なんですよ!!

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な、なんと!あの 織田信長 が戦国の頃に、この池に

大蛇がいるという噂を聞きつけ、探しにきて信長自らこの池

に入って探したとか・・・

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結局、大蛇は見つからずそれ以降、この池は「蛇池」

と呼ばれるようになったらしいです・・・。

昔、何もないところにポツリとある池だったでしょうから

いかにも大蛇がいそうだったんでしょうね(笑)

それにしてもあの信長ですからね・・・

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そう、そう桜、桜・・・

明後日の日曜は暖かくなるそうですから

その時に満開になるでしょうね・・・。

でも、本当に桜って美しい!!

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春は「命」を感じることができますよねぇ・・。

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おっ、なんか泳いでるぞ・・・(笑)

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はい、そうです鯉のぼりですね・・・

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風が強いですから、すごい勢いで泳いでました(笑)

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地元の方が夜に備えて、夜桜見物しながら一杯の

用意をしてましたが、どうぞ風邪などひかぬよう・・・

久しぶりのポタリングは・・・本当に寒いポタリングでした。

しかし、あいかわらず、ポタリングって別世界を見せて

くれるのは間違いないですね・・・。

それに、たっぷり春を感じることができました

リフレッシュ完了・・・感謝です(笑)








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ポタリング@国産名車・ミゼットを見てきました!

ポタリング、気がつけば1ヵ月ほど愛車「ビアンキ君」に

乗っていなかったような・・・

なんせ10月はせっかくいい季節なのに、週末はいつも雨。

ということで、午後から久しぶりにあてもなくポタリングに

出かけたわけですが(笑)

気が付いたら北名古屋市付近に来ていました(笑)

そういえば、以前にポタリングで行った北名古屋市の

民俗資料館に中日新聞でミゼットが展示していると

いう記事を思いだし、見学してきました・・・。


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北名古屋市の民俗資料館は、民族といってもちょっと

かわった資料館で、「昭和日常博物館」という昭和レトロを

体感できる施設です・・・

以前のブログ記事 → こちら


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ここへ来たのは、今回で2回目。はじめて来たのは

今年の4月です。一階は図書館、昭和日常博物館は3階

にあります・・・

なんせ昭和っ子にとっては感動する施設ですよ(笑)

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特別展示ということで、ミゼットが展示されていました・・・

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ミゼット・・・まさに昭和の名車ですよね(笑)

ミゼットは1957年~1972年まで製造されてました。

自分が子供の頃は、まだ走っていた記憶があります・・・

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ダイハツ工業が生産していた三輪自動車でミゼットは英語で

「超小型のもの」という意味の単語で、小型、チビな車という

想いを込めて名付けられたそうです・・・

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305CCで最高出力12馬力・・・

それにしても、このデザインは今、見ると実に素晴らしい(笑)

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また、もう一台、名車が展示してありました・・・

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そうです、自転車なんですが、エンジンが(笑)

ホンダのカブです・・・F型エンジン。

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本田技研が自転車補助モーターの分野に進出したのは

1946年(昭和21年)で、当初は旧日本陸軍の小型発電機用

エンジンの流用からスタートしましたが、その後自社開発エンジン

に移行し、以後の通常型オートバイ分野への進出していきました。

自転車補助モーターの販路拡大を狙って開発されたのが

1952年(昭和27年)の「カブF型」であります。 「カブF」キットは、

在来型補助モーターと違って、エンジン搭載位置は後輪側面、

その後の駆動系統も全て後輪回りで完結する構造で、乗り手

にも自転車取り付け工事を行う業者にも扱いやすかったとのこと

純白の琺瑯処理タンクと「Cub」のロゴが入った赤い

エンジンカバーから「白いタンクに赤いエンヂン」のキャッチコピー

が付けられたそうです。

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ここから、スーパーカブへと発展していって今では世界のホンダ

になったわけだ(笑)

ポストカードまで頂いて入場料は無料・・・

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男心をくすぐるいいものを見せて頂きました。




その後、1階の図書館で・・・

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歴史の書なんぞを、1冊読んで・・・

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さすがに借りたい本も何冊かあったのですが・・・

その本は地元の図書館で借りることにして(笑)

当てもなく家を出てポタリングしたわけですが、思いつき

で行ってみるのもいいものですね・・・

帰りは川に寄って、ボッーとしてみたり(笑)

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カルガモの親子や鯉が泳いでいるのを感慨深く

眺めたり・・・

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木々の葉が赤く色着くのをまじかで見たり・・・

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またもや、ポタリングは秋を肌で感じさせてくれました・・・

なんやかんやで、日は暮れてきて・・・

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夕暮れ時の空気の中、ペダルを漕ぎ・・・

今日も無事、一日が終わるんだなぁと感じながら

秋の匂い、空気、風を身体に受けると生きてるっていいな

なんてロマンチックな気持ちが沸いてきます。

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本日はそんな休日でした・・・。









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ポタリング「空・風・光・緑・水」@国営木曽三川公園・138タワーパーク

先週の3連休にポタリングに出かけました・・・。

一人で 「無」 になり、普段の雑踏から解放されひたすら

ペダルを漕ぐ。

今では、これが最高の至福の時間であります(笑)

当日は最高の天気で名古屋から往復60㎞ほど走って

きました・・・。

行ってきたのは、愛知県一宮市の国営公園。

「国営木曽三川公園・138タワーパーク」


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この青空の中、木曽川の川のせせらぎが聞きたくて・・・

おもむろに足はそちらに向いていました(笑)

ゆっくり、遠回りをして、街中の風景から徐々にのどかな

風景を見ながら走ります・・・

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走ること2時間ほど、やっと、目標が見えてきました(笑)・・・

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到着であります・・・。

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1987年に木曽三川(木曽川、長良川、揖斐川)の下流域一帯に、

愛知県・岐阜県・三重県に渡って開設された日本最大の

国営公園が、木曽三川公園であります・・・

その中の代表的な施設のひとつが、こちらの「138タワーパーク」

内の「ツインアーチ138」であり、高さ138メートルを誇る2つの

アーチを持った展望タワーがあることから、この名がつけられた

そうであります・・・。

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実にすばらしい公園です・・・。

青い空のもと、空気も美味しい!緑の芝生がすごく

心地よく、その芝生に反射した光が身体を包む。

ゆっくり歩いてみました(笑)

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園内には花畑があり、眼でも楽しませてくれます・・・

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こちらの花畑では、四季おりおりの花が植えられ

秋の季節はコスモス・・・

まだ、つぼみがちらほら、間もなく満開ですね。

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また、バラ園もあり、5~6月ぐらいには9品種・4000株のバラが

植えられているそうですから、春も最高でしょうね・・・

今、咲いていたのはドイツ原産の春から初冬まで花をつける

ノアトラムでしょうか?

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こちらは、日本初の本格的植栽迷路「ピサニの迷路・希望の塔」

18世紀ごろ、イタリア、ベネチア郊外の「ストラ」という町に

建てられた「ヴィラ・ピサニ荘」内に あった植栽迷路と

「ミネルバの塔」をモデルにして作られたそうです。

中心には迷路を上から眺められるよう「希望の塔」が

建っています。

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そして、138タワーへ・・・

ちなみになぜ138メートルかというと、一宮市にあることから

『「い(1)」ちの「み(3)」「や(8)」』が由来になって

いるそうです(笑)

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展望台から公園を見ると、こんな感じです・・・

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そして、時間はお昼時・・・

あちこちで家族連れがお弁当を広げて楽しんでいたのですが

実はこの日は、我家の奥様がお弁当を作ってくれまして

途中、コンビニかなんかで済ますよ、なんて言ったのですが

自然を感じながら食べるお弁当は最高よと持たせてくれました。

できた女房であります(笑)

さぁ、どこで食べようかな・・・

やっぱり、木曽川のせせらぎを聞きながらですよね(笑)

川沿いも芝生広場になってます・・・

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一面、芝生!気持ちがいい!!・・・

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最高な演出ですね・・・。

そして、愛情の詰まったお弁当。

軽く作ったからねといいつつ、好物のハンバーグですか!

そう言えば、朝から手作りのハンバーグを焼いてくれてたな(涙)

家族っていいもんだと再認識して感謝しながら

美味しく頂きました・・・。

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美味しく頂いたあとは、芝生に大の字になって寝て

空をボッーと眺めたりして・・・

そして、ここにはもうひとつ、楽しみがあるのです・・・

そうです、サイクルロードがあるわけで(笑)

お腹も満たされたので、ちょっと走ってきました。

公園の周りを走るコースで4816m。

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よーいスタート!

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途中、青い空に鳥達が賑やかに飛んでいたり・・・

無心になって走ってました(笑)

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どんどん、身体の中にプラスの空気が入ってくるのが

わかります。ひとりペダルを漕ぎながら最高、最高と

叫んだりして・・・

最後は、ここまで来たのだから、木曽川沿いをポタしようと

走ってみました・・・

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意外にも、史跡があったりして・・・

ここは、この土地出身の江戸末期の有名な医者

小沢長次郎旧居跡で江戸幕府異国船打払令を批判し

開国を説いた江戸時代後期の医者・蘭学者の高野 長英

が小沢長次郎を訪ねて宿泊した場所らしいです。

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あいかわらず、自転車の旅は発見があるものです・・・

というように、まさに、空・空気・匂いを感じながら

ペダルをひと漕ぎするたびに、普段のストレスを捨てる。

また、新しいちょっとした発見をする・・・

充実した一日を過ごさせて頂きました。

こちらの公園、無料です。お金をかけないでこんな素晴らしい

ことを体感させてくれるポタリング、ハマるわけですね(笑)

 

愛犬モコです!

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ポタリング@岩倉市を深いところまで散策!山内一豊生誕地に行ってきた・・・。

先週ですが、あてもなくポタリングに出かけ・・・

岩倉市を散策したわけで(笑)

岩倉市といえば、名古屋のベットタウン。桜の名所100選にも

選ばれる、五条川の桜が有名であります。

今年の桜まつり記事 → こちら

また、岩倉市は、あの山内一豊の生誕地でもあるのです。

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以前にも、記事 でご紹介したことがあり毎年4月に開催される

桜まつりに来た時に何度も訪れていますが、今回は

愛車ビアンキ君で、散策。ゆっくり歴史を味わってきました(笑)

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いつものように、名古屋方面から五条川沿いにポタリング・・・

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岩倉市あたりで、ちょっと道をそれてブラブラしました・・・

すると、五条川沿いに神社があります。

「神明生田神社」 であります・・・

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そうなんです、この神社の境内に一豊の生誕地があるのです。

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山内一豊といえば・・・

なんといっても、妻の千代。内助の功で出世して

有名になったといわれる武将。

最後は土佐藩・初代藩主にまでなったお方です(笑)

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NHK大河ドラマ 上川さんと仲間さん主演の 「功名が辻」 

で放映されましたよね・・・

気がつけば、もう5年も前の大河なんですね。

一豊というより千代の内助がどうしても前面に

出てしまいますが(笑)

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一豊公は1545年7月に、ここ岩倉で生まれたんですね・・・

境内はこんな感じです。

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この神社はかつて、岩倉城の城内でその岩倉城で

家老を務めた一豊の父、盛豊が「武運長久を祈って社を建てた」

という由緒があります。その由緒により昭和9年に

神明生田神社境内に生誕碑が建てられたそうです。

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時は下剋上の風潮がみなぎる“戦国時代”、尾張においても、

守護代として権力を握っていた織田氏に内紛がおこり、

1478年、織田敏定と織田敏広の間で激しい戦いが繰り

広げられていきましたが、和議にて織田敏広が

岩倉城で尾張北部を、織田敏定が清洲城で尾張南部を

治めるという分割統治の時代になりました。

その後、信秀の子・織田信長が1555年に清洲城主となりました。

このころの岩倉城主は、織田信安・信賢で、信長と反目しあい、

1558年に両者は浮野で戦い、1559年、信長は岩倉城を

落城させ、尾張の統一を果たしたのでありました・・・

浮野の戦い記事 → こちら


その際、一豊の父、盛豊は戦死しました。そして一豊は

その時、15歳、難を逃れて岩倉を離れ、後に織田信長

豊臣秀吉、徳川家康に仕え、登りつめていったのであります。

それにしても、親、兄弟、従兄弟などの親族までもが

闘うのですから、まさに下剋上だったんですね・・・

そんな、思いを感じとりながら、足を伸ばして散策・・・

こちらは岩倉城当主であった、織田信安夫妻のお墓がある

「誓願時」 です・・・

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織田信安は、尾張上四郡を支配した「織田伊勢守家」

(岩倉織田氏)の当主でありました。

しかし、信安は長男の信賢を廃し次男の信家を後継にしようと

したため、かえって信賢により信安は岩倉城から追放される

こととなるのです。父が子に追放される・・・

その信賢も1558年 「浮野の戦い」 に敗れ、

まもなく織田伊勢守家は滅亡したため、信安も尾張に復帰する

機会を失ってしまいました。

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この墓碑は、かって織田信安の子孫津田新十郎氏の菩提寺、

名古屋市東区杉山町含笑寺に建立されていました。

戦後墓所が平和公園に移されたのち消息が不明となって

いましたがたまたまその存在が発見され、織田信安夫人・秋悦院

ゆかりの誓願寺の理解を得て、墓碑を含笑寺から譲り受け、

昭和39年にここへ移建されたそうです。

やっと、岩倉に帰ってこれたわけですね・・・

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信安は岩倉を追放されてから、旧臣であった山内一豊を

頼って土佐に行き、土佐で隠居、堪忍料として100石を宛がわれ

一豊からは厚く厚遇され、78歳の生涯を送ったとか・・・

歴史って掘り下げてみると面白いものです。

ポタリングで歴史散策は、そんな深いところまで見せてくれるし

感じとれせてくれるんですよね(笑)

 

愛犬モコです!

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ポタリング@意外な所に意外なものあり・・・。

いよいよ、暑い夏から抜け出し、過ごしやすい秋が

到来しました・・・(笑)

食欲の秋、運動の秋・・・など秋はなにをやっても絵になる

季節であります。

そして、ポタリングも絶好の季節です(笑)

愛車、ビアンキを購入して早、1年になりました・・・

家族から、どうせ、いい自転車を買ってもすぐ飽きると散々

言われながらも、すっかり趣味として定着したのです(笑)

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そんな中、先週はあてもなく、ビアンキ君に乗り、ポタリング。

気が付いたら、愛知県岩倉市付近をウロウロ・・・

歴史の街でありますが、立派な門に引き寄せられました。

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岩倉市は五条川沿いをよくポタリングしますが、

このお寺の存在は、知りませんでした・・・。

行ってみると・・・

なんと親鸞聖人のゆかりのお寺らしいではありませんか?

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親鸞といえば、現在、中日新聞をはじめ、全国の地方新聞で

五木寛之作「親鸞」の連載をしていて、とりあえず、目を

通していますが、鎌倉時代の浄土真宗の宗祖であります・・・。

750回忌ということで、新聞や展覧などあちこちで開催

されてるのですね・・・。

このお寺の名前は 「正起寺」 といいます。

まさに、親鸞ゆかりの地!!・・・?

親鸞聖人御○跡とあるのですが?

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門をくぐって境内に入ってみると・・・

親鸞聖人像まであります。

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しかし、親鸞聖人がこの地でどういうゆかりがあったのかが

全くわかりません???

帰宅後、すぐに調べたのですが、どこにもこのお寺と

親鸞聖人の関係が載ってないのです・・・。

ただ、意外なことに、調べ物をしたおかげで、歴史の勉強に

なりました(笑)

あの、二・二六事件に関係があるのでありました・・・。

二・二六事件は、1936年(昭和11年)2月26日から2月29日

にかけて、日本の大日本帝国陸軍皇道派の影響を受けた

青年将校らが1483名の兵を率い「昭和維新断行・尊皇討奸」を

掲げて起こしたクーデター未遂事件でありますが・・・。

「昭和維新・尊皇討奸」をスローガンに、武力を以て元老・重臣

を殺害すれば、天皇親政が実現し、彼らが政治腐敗と考え

る政財界の様々な現象や、農村の困窮が収束すると考えていた

青年将校が高橋是清大蔵大臣をはじめとする、政府首脳を

殺害しました・・・。

その時、殺害された渡辺錠太郎(陸軍教育総監)のお墓が

ここ正起寺にあったのでありました・・・。なぜ、岩倉に?

そして、調べてみると・・・

岩倉市教育委員会によると、渡辺錠太郎は明治7年(1874)

に小牧市で生まれ、19歳のときに母親の里である岩倉市の

渡辺家の養子になったそうで、子どもの頃から読書家で、

独学で陸軍士官学校にトップ合格。

高官となっても岩倉と故郷の青年たちを愛し書籍の寄贈や

講話を行った。陸軍内の派閥に属さず、極端な

国粋主義的風潮をいましめ、「非戦」を悲願としていた

とあります・・・

ということで、彼が愛した故郷にお墓があるのですね・・・。

意外な場所に意外な発見があるもので、ポタリングから

二・ニ六事件の勉強へと発展した次第です(笑)

これからも、その意外を求めて、あてもなくポタリングするのも

ひとつの楽しみなんでしょうね・・・。

しかし、親鸞聖人とこの正起寺の関係が気になる・・・・?

愛犬モコです!

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ポタリング@自然にふれあい、おもわず充電できました。

先週の休日、ポタリングに出かけました・・・。

最近、本格的にダイエットといいましょうか^^

往年の時代の身体に戻すべく(笑)頑張っておりますが

去年に比べると-5㎏と順調に絞って洋服の着こなしも

満足がいくもののになって参りました・・・

目標までもう一歩!!

休日、別段、何の予定もなくどうせなら身体を動かしてくるか

ということで、何のあてもなく家を出発しました・・・。

この日も当然、30℃を超す猛暑(汗)

名古屋方面からお気に入りの五条川沿いをポタリング。

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そして、岩倉あたりでちょっとそれてウロウロ

たどり着いたのが・・・

愛知県岩倉市の 「岩倉自然生態園」


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自然生態園は隣接する津島神社の森と一体のものとして、

失われつつある自然環境を保全・復元し、岩倉市が身近な

自然にふれあう場として整備したものです。

子供の頃を思い出す、何か懐かしい場所に辿りつきました・・・。

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普段の人ごみとコンクリートジャングルから開放してくれる

まさに自然を体感できる場所・・・

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津島神社の森は、樹齢200年をこえるシラカシの木を始め

100種類におよぶ草木が生育する歴史のある森で、その形成

には250年以上の歳月がかかったと考えられ

市内でも有数な貴重な自然らしいです。

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また、この公園は、「自然との共生」を目指してこの地に

固有のビオトープとして整備してあり

園内には小川、池、湿地などどともに草屋根昆虫館や

鳥のすみかとなる木製タワーなどもあります・・・

ちなみにビオトープとはドイツ語で、直訳すると「生命の場所」。

湿地、雑木林、池などに存在する固有の動植物群を保持する

空間のことで動物が自力で生活し、その「種」の永続的な

持続が可能な場所や環境をいうんですね。

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森の向こうからは鳥達の声が聞こえてきましたよ・・・

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森に隣接する、津島神社です・・・

雑木林の中を入っていくと・・・

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カブトムシあたりがいそうですね(笑)

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見えてきました・・・

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神社に手を合わせると共に、色々な木から

パワーを頂きました(笑)

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途中、道端にころがっている何気ないどんぐりに癒されたり・・・

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橋を渡って小川のほうに行ってみると

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家族連れがちらほら来ていて、何やらやっています・・・

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そうです、ザリガニ釣りをしているのです・・・

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子供の頃はそこらへんにいたのですが、今の子供達は

ザリガニですら珍しいのでしょうね・・・

子供が楽しんでいるというより、親が童心に帰って必死に

なってましたが(笑)

というように、決して綺麗に整備された森ではなく、自然に

生きる無造作な森・・・

昔はちょっと近所にこんな森があったはずなのですが

今や何処へといった感じです。

この作られた感のない、緑が眼を通して身体を

充電してくれた一日でした・・・。

愛犬モコです!

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ポタリング@伊勢神宮とゆかりが深い「神明大一社」

前記事からの続き・・・

前記事 → こちら

愛知県岩倉市の五条川沿いポタリング。

気になる神社があったのでちょっと寄ってみました(笑)

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五条川沿いに愛車ビアンキ君を走らせて・・・

折り返し、名古屋方面に向かいました。

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こちらは?

いつも、五条川沿いを走る時に休憩するポイントです・・・

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名神高速道路の高架下・・・

ここは、壁に綺麗な絵が描かれているのですが

来るたびに、いつも絵の内容が変わっていてこれもまた

楽しみのひとつです。

その絵の前でいつも休憩するポイントなんです・・・。

もちろん、五条川といえば桜の名所なので桜の絵が基本です。

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そして、到着・・・

「神明大一社」


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岩倉市では一番大きいい、神社です。

この神社の由緒が結構なもので・・・

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神明大一社は、鳥羽天王が奉納された神領の地で、平安時代

以前より伊勢神宮と関係が深い神社なんです。

戦国時代には、戦乱の巷と化し、尾張を統一する

織田信長が1558年の岩倉城攻めの際、この岩倉周辺は

全て焼かれてこの社殿も炎上の憂に遭遇しました。

そして1594年に再興されました・・・。

こちらは社殿・・・

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山車の倉庫もあります・・・

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立派な池もあります・・・。

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戦乱の世の後、徳川の時代がやってきた際にはこの

尾張国は徳川家康の4男「松平忠吉」の領するところになり

忠吉公はこの神社に崇敬の念篤く、度々社参して寄進物

を捧げ、年々代参を立てるまでだったそうです・・・。

現在でも、忠吉の書いた棟札が残っているそうです。

ちなみに、この「松平忠吉」とはどんな人物であるかといえば・・・

徳川家康の4男で、あの大河ドラマ「江」の徳川2代将軍

徳川秀忠との実の兄弟、同母弟です。

関ヶ原の戦いで初陣を飾り、福島正則と先陣を争い、

島津豊久を討ち取る等の功を挙げて戦後、

尾張清洲52万石を与えられたわけであります。

関ヶ原で負傷した傷が原因で江戸で28歳で亡くなっております。

実の兄、2代将軍・秀忠はかなり悲しんだとのことです。

そんな、松平忠吉が崇敬した神社だけあって、

なにか凄いパワーがあったことなんでしょうね(笑)

かつての社殿は、伊勢神宮をまねた珍しい白木の純神明造の

簡素で高貴なものだったらしく伊勢神宮とも関係が深く

北伊勢太神宮とも云われてきたそうです・・・。

ということでいい「気」を頂いてきたそんな休日の

ポタリングでありました・・・(笑)

愛犬モコです!

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ポタリング@五条川の歴史を感じながら「井上城址」へ

暑いさなか、ポタリング再開したわけで・・・

先週の週末、この日は天気はよくありませんでしたが

雨が上がったのを見て、ポタしてきました(笑)

今までの猛暑とはうって変わって、すごく涼しい日でありました。

行ってきたのは、愛知県岩倉市の

「井上城跡」


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今まで、何度も歴史散策でこの前を通っていたにも関わらず

見過ごして通りすぎていました(笑)

今では、石碑しかありません・・・。

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こんな感じですから、見過ごしますよね・・・

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この木の小道を入っていくと・・・

石碑がひっそり立っていました。

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この井上城は・・・

応永元年(1394)~嘉吉元年(1441)の頃、

井上荘(岩倉市)17ヵ村を支配していた有馬主殿正の

居城と伝わります。

尾張を統一した信長が誕生する100年以上前ですが

井上城は城というよりも、館に近かったようで、簡単な防御と

質素な建造物で構成されていました。

当時、尾張の守護代は、下津城(稲沢市)にいた

織田郷広であり、国内(尾張)統一を図り、井上城の有馬氏にも

帰順を促しましたが、有馬氏はこれに従わず、郷広の大軍

に攻められ井上城は落城してしまいました。

このお城も五条川を掘りがわりにした築城になっていたと

思われます・・・。

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道路の隣はすぐ五条川が流れています・・・。

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ちょっと周りを走ってみると・・・

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隣は神明神社という神社があります・・・

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おそらくこの神社あたりも、城の一角であったことでしょう・・・

それにしても、この五条川は歴史が詰まっていますね。

前にも記事にした「桜100選」の桜の名所でありますが

桜まつり記事 → こちら


自転車で春夏秋冬、自転車で走りましたが大好きな

ポタリングポイントであります(笑)

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川沿いは尾北自然歩道になっていて、昼夜とわず

健康増進や体力増強のためにジョギングする人、ランニング

する人など、この五条川のエネルギーをもらいにきて

いるかのようです・・・。

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別段、たいした川ではないのですが、自分もこの

周辺の空気感は心が落ち着いて、リラックスできます。

五条川は2000年も前から、このあたりに住む人たちにとって、

飲み水として、食料となる魚や動物を捕まえる場所として、

そして米作りのためにも、大切な川であったに違いなく、ここに

五条川がなかったら、人は住まなかったのかもしれません。

また、戦国時代には重要なポイントだったわけであります・・・。

「五条川」という名前は、下流域の呼び方で、その名前の由来

には、いくつかの説があります。

1.幼川、矢戸川、境川、巾下川、青木川の五本の流れが一本

 になるからという説

2.清洲町に架かる五条橋は、「御城橋」であり、清洲城に

 水を引いたためという説

3.五条川沿いには清洲城、岩倉城、大久地城(小口城)など

 五つの城があったためという説

木曽川の扇状地である 濃尾平野は、幾度となく水害
に襲われ、川の形状が一定していた とは考え難い。

五条川沿いの城跡は5つ以上あり、その中から5つに絞り込む

材料が見当たらない。

下流域での呼び方であったことを考えると、

「2.御城川(橋)」が有力なのかもしれませんね。

なーんて、歴史に思いをはせて、1時間ほどぼーっと

川を眺めておりました・・・(笑)

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よし! 充電完了って感じですね・・・(笑)

愛犬モコです!

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充電完了って感じですね・・・。

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真夏ポタリング再開@豊臣秀吉の位牌がある平田寺

先週の週末からポタリングを再開しました・・・。

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○ 浅野長政生誕地


○ 九乃坪城址

に続いて・・・

北名古屋市歴史ポタの最後に寄ったのは

「平田寺へいでんじ です。

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1564年、信長の家臣の平田城主であった平田和泉守が

開基したと伝えられます。開山は玄作。創立当初は天台宗で

ありましたが、1604年、瀬戸赤津にある雲興寺から宗準和尚

が中興の開祖として入り、曹洞宗に改めたそうです。

1599年、豊臣氏より朱印地300石を受領しましたが、

豊臣氏滅亡後に朱印地を失うと、1620年徳川義直より

黒印地52石を受領して、明治維新に至りました。

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公開はされていませんが、豊臣秀吉の位牌があるそうです。

また、円空の作った仏像が3体あります・・・

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また、このお寺にはいい伝えがあります・・・

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寛永3年(1626年)、今から400年ほど前の夏、

尾張地方は、大干ばつに見舞われました。

この日照りに困り果てた九之坪村の村人たちは、

平田寺二代・快巌儀雲大和尚に、雨乞いを求めました。

快巌和尚は龍神が棲むという

隣村・高田寺の黒池(大山川堤防西)に出向き

老翁の姿をかりて現れた龍神に、禅の法を解きました。

この法に真の悟りを開き、慈悲の心をもった龍神は、

黒雲と稲妻とともに雨をもたらせ、その雨は、3日3晩降り続き、

大地草木は潤い、村人たちは蘇生の思いで歓声湧くが

ごとくであったそうです。

快巌和尚は、この龍神を鎮守として後世に渡り奉る

ことを約束し、平田寺境内に池を穿ち、

小洲に祠を築き、勧請したそうです。

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今回を含めて、北名古屋市の歴史ポイントはほぼ

周りましたが・・・

感想としては、この地域は清洲のすぐ近くということで、

織田信長が清洲に城を構えていた当時、ここに平田城が

築かれました。現在、城址に痕跡はほとんど残って

いませんが、周囲に多くの寺社が残されています。

これらの寺社は、布教のために各派の親寺がこの地に

作らせたという説と、信長が三河からの防衛のために

作らせたという説があります。

確かに、意図的に寺社が固められている印象を受けました。

かつては寺社がお城を取り囲む形になっていたのでは

ないでしょうか、現在では住宅とお寺と神社がオセロをやって

いるように入り組んでいます。

今まで車や電車でこの地を何度も通っていたにも関わらず

ポタリングによって、再発見した感じです・・・。

本当にポタリングは色々なものを見せてくれるんですよね(笑)

愛犬モコです!

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真夏ポタリング再開@豊臣政権五奉行の筆頭・浅野長政生誕地

先日、やっとといいましょうかポタリングを再開しました・・・。

なかなか時間が作れなかったわけですが

真夏の再開となりました・・・。

とりあえず、再開も歴史散策ポタからということで

前記事 → 「九乃坪城址」

に続いて、行ってきたところは北名古屋市にある・・・

「浅野長政生誕地」 であります。

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浅野長政といえば、以前、ポタリングで愛知県一宮市の

「浅野長政邸址」で紹介しました → その時の記事

その浅野長政はここ北名古屋市で安井重継の子として

この地に生まれました。

織田信長の弓衆をしていた叔父・浅野長勝に男子が

なかったため、長勝の娘・やや(彌々)の婿養子として

浅野家に迎えられ、のちに家督を相続しました。

同じく長勝の養女となっていたねね(寧子、のちの北政所)が

木下藤吉郎、のちの豊臣秀吉に嫁いだことから、

長政は秀吉にもっとも近い姻戚として、信長の命で

秀吉の与力となるわけです。

現在は霊松寺というお寺になっています・・・

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今では門前横に石碑が立つだけで、長政を偲ぶものは

ありませんでした・・・。

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この地に生まれ、豊臣政権では五奉行の筆頭にまで

なったんですね・・・。

五奉行のひとり石田光成のようにメジャーではありませんが

長政は、その卓越した行政手腕を買われて秀吉に命ぜられて

太閤検地を実施したり、東国の大名との関係も深く、豊臣政権が

諸大名から没収した金銀山の管理を任されていたりしました。

秀吉死後には石田光成とは犬猿の仲にあり

五大老筆頭の徳川家康とはかなり親しい関係にあったため

1600年の「関ヶ原の戦い」では東軍につき家康を支持して

家康の三男・秀忠の軍に従軍して勝利に貢献したわけで

あります・・・。

ちなみにあの忠臣蔵で有名な浅野内匠頭の先祖は

浅野長政で あります。

長政が幼少時代過ごしたであろう、今のお寺の中は・・・

こんな感じでした。

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そして、周りをぐるっと走ってみました・・・

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確かに、この一角は何か当時からの匂いがしました・・・。

幼少に何を見て、何を学んでいたんだろうなどと

思いをはせたりして(笑)

北名古屋市も結構、見どころがありました。

まだ、続くんですけどね、あしからず・・・。

愛犬モコです!

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