« 今年のGWも「安・近・短」我家恒例!妻との春の遠足@三河の小京都・西尾散策PART2 | トップページ | 今年のGWも「安・近・短」我家恒例!妻との春の遠足@三河の小京都・西尾散策PART4 »

今年のGWも「安・近・短」我家恒例!妻との春の遠足@三河の小京都・西尾散策PART3

皆さん、御機嫌よう…

GW我家恒例、妻との春の遠足の回想をしておりますが

PART1 PART2  からの続きです…

さて、はちきれんばかりのランチを頂いて、とりあえず

歩こうではないかということで町並みなんぞをゆっくり新緑を

観ながら歩いてみる…

Img_3905

すると、風情なスポットが観えてくるのでありました^^

「西尾市歴史公園」

Img_3904



西尾市歴史公園は、西尾のシンボル「西尾城」の一部を復元し、

新たな歴史文化の発信地としたものです。

緑に映える本丸丑寅櫓の瓦、数寄屋風の旧近衛邸、趣向を

凝らした京風庭園の尚古荘、お休み処伝想茶屋など、

心を落ち着かせる風景の中、六万石の城下町を偲んだり、

歴史を考察したりできるんです…。

では、西尾城をちょっと勉強していきましょうか(笑)

「鍮石門」


間口約9m、奥行き約5m、高さ約7mの堂々たる楼門に

再建された鍮石門(ちゅうじゃくもん)は、城主の居所である

二の丸御殿に至る表門

Img_3906

門をくぐると、お城が見えてきます…

Img_3907

青い空に新緑の緑のコントラストが最高に美しく

お城を演出…

Img_3908

Img_3909

 

 




西尾城の歴史は古く、承久の乱(1221)の戦功によって

三河国守護に任じられた足利義氏が築城した西条城が

始まりと伝えられています。


足利氏は吉良氏と名を改め、この吉良荘を統治しますが、

群雄割拠の戦国時代には、城主が牧野成定、酒井正親、

田中吉政と入れ代わり、これに従って城域も拡大しました。


天正13年(1585)、家康の命により「三河の人夫を挙げて」

城が築かれ(『三川物語』『家忠日記』)、これが近世の

西尾城の基礎となったそうです…


さらに田中氏の頃に三の丸が造営され、城郭が確定されました。

慶長6年(1601)に本多康俊が西尾二万石の藩主として

入城し、その後も松平氏、本多氏、太田氏、井伊氏、

増山氏、土井氏、三浦氏と城主は譜代大名の間で次々と

代わりました。


六万石の西尾藩となったのは、明和元年(1764)に山形藩から

大給松平氏が入城してのこと。


松平氏は代々老中などの幕府の要職を務め、以来、

廃藩となるまで5代続きますが、明治維新を迎えると城は

天守閣を始め、ほとんどが取り壊されのでした…。







Img_3926








Img_3931








Img_3930









では、この歴史ある空間を体感すべき、我々も登城

してみましょう…(笑)

Img_3927







天守閣からの眺め…

Img_3928








Img_3929






初夏の香りが付近に漂い、実にいい空気感が流れ

ちょっと汗ばむほどの陽気でしたが、夫婦で同じもの

を体感できる幸せ…





感謝ですね(笑)






ということで、そろそろお茶でいっぷくでもする…?




まだまだ、次回に続きます!あしからず。






愛犬モコですポチっとお願い☆

にほんブログ村 地域生活(街) 中部ブログ 愛知県情報へ

|

« 今年のGWも「安・近・短」我家恒例!妻との春の遠足@三河の小京都・西尾散策PART2 | トップページ | 今年のGWも「安・近・短」我家恒例!妻との春の遠足@三河の小京都・西尾散策PART4 »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/211613/59636870

この記事へのトラックバック一覧です: 今年のGWも「安・近・短」我家恒例!妻との春の遠足@三河の小京都・西尾散策PART3:

« 今年のGWも「安・近・短」我家恒例!妻との春の遠足@三河の小京都・西尾散策PART2 | トップページ | 今年のGWも「安・近・短」我家恒例!妻との春の遠足@三河の小京都・西尾散策PART4 »