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今月の妻との月いちランチデートは秋の味覚を求めて@江戸時代へタイムスリップ「妻籠馬籠」PART8

さて、いよいよ最終章です・・・

妻籠編の続きです(笑)

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妻籠宿も見どころいっぱいでした。

やはり、江戸の頃の宿場といえば幕府により防寒施設として

考えられていました・・・

「枡形」 であります。

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枡形とは、城を構成する部位、虎口などで度々登場しますが

この妻籠宿の枡形も軍勢の行軍を遅らせる意図で敵の侵入

を難しくするため道を直角に曲げ作られているのです・・・

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少人数での移動であればあまり効果を発揮しない「枡形」も、

軍勢が多くなればそれは障害として有効であったでしょうね・・・

本来、宿場は軍事目的で作られていたことがわかります。

まさに、在りし日の防衛機能に想像を働かせると

感慨深いですね。

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このような道路にも、手を打つ徳川家。

さすが長期政権を維持出来るはずです・・・

この中山道は・・・

東海道と並び、江戸と京都間を結ぶ主要道路だったわけですが、

太平洋沿いを進む東海道の方が距離的にはいくらか

短かったものの、途中大きな河川が多く、雨で足止めされる

ことが多々あったのを嫌って、山道が多いものの、到着までの

日数を計算できる中仙道を使う旅人もかなりいたらしいですね。

また参勤交代の西国大名34家の指定路であり、尾州侯の

参府は中山道であったそうでこのほか大阪二条城番・

日光例幣使などは片道は必ず中山道を利用したらしいです。

 

「参勤交代」ですか・・・

各藩を定期的に江戸に出仕させる事により、各藩に

財政的負担を掛けると共に人質をも取る為の

江戸幕府の制度であります。

この制度により各藩は徳川家に反旗を翻す事が非常に

難しくなり、徳川家が15代に渡る繁栄を築く

要因となったんですね。参勤交代でこの中山道を大名行列

して歩いたはずですが、華やかな行列の裏に莫大の

費用がかかり各藩も苦労したのでありましょう(笑)

こちらは 「本陣」・・・


1634年、徳川家光上洛<の際に宿泊予定の邸宅の主人を

本陣役・本陣職に任命したのが起源とされ、

翌年の参勤交代導入とともに制度化されたわけで

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本陣は、江戸時代以降の宿場で大名や旗本、幕府役人

勅使、宮、門跡などの宿泊所として指定された家

村役人の名主の居宅が指定されました・・・

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妻籠宿の本陣は、島崎氏が務めました。

馬籠の島崎氏とは同族とのことらしいです。

 

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こちらは 「脇本陣」・・・


本陣の予備的施設。大きな藩<で本陣だけでは泊まりきれない

場合や、藩同士が鉢合わせになった場合に格式が低い藩の宿

として利用されるなど、本陣に差し支えが生じた場合に

利用されたらしいです。

それ以外の時は一般旅客の宿泊にも供しました。

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国指定の重要文化財になってます・・・

 

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林家(奥屋は屋号)は・・・

徳川秀忠の進軍に助けた功で妻籠宿脇本陣(問屋)を

務める事になりました。江戸時代中期頃から酒造業を行い

妻籠宿随一の豪商となった事で度々庄屋を勤める事となり

1841年以降は林家が庄屋となり、江戸時代末期には

皇女和宮が明治13年には明治天皇が林家(奥谷)を

御小休所として利用したらしいです。

 

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妻籠宿は独特の空気が漂ってます・・・

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時間がゆっくり進み、まさに江戸時代へ回帰したような・・・

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「旧上嵯峨屋」・・・


この建物は44年の解体復元によって江戸時代中期の

建物と推定され、建造当初の形式をよくとどめ庶民の

旅籠(本賃宿)としての雰囲気をうかがうことができます。

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「郵便局」・・・


郵便資料館にもなってます。

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「延命地蔵」・・・


1813年、蘭川の川原にあった岩に地蔵尊の像が浮かび

上がっているのを旅人が見つけました。この話を聞いた光徳寺

の住職中外和尚が村人達の協力を得てこの地まで運び安置した

のが始まりと伝えられています。寒暖が激しいと結露が生じ汗を

かいているように見えることから"汗かき地蔵"とも言われ

女性の苦しみを代わってくれると信じられているそうです。

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さらに奥様と肩を並べて、ゆっくり歩いてみます(笑)

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「口留番所」・・・


江戸時代初期に中山道を利用する旅人の人物改めや物資の

搬入搬出を管理する為妻籠宿の入口付近に設けられた番所で

その後、口留番所は廃止され、少し離れた場所に白木番所を

設置し江戸時代を通して主に木材を取締っていたそうです。

現在は遺構がなく街道との間に少の段差があり

平場となっています。

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「鯉ヶ岩」・・・


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古くは木曽義昌(木曽義仲の後裔)の家臣がこの岩付近で

恋物語をささやいたという伝承を持つ岩で、岩の形状が鯉が

飛び跳ねている様子から鯉ヶ岩と称されていましたが

明治24年の濃尾大地震により鯉の頭部分が滑落し

現在見られるようになりました。

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ということで、奥様とまさに江戸時代へタイムスリップした

小旅行でした(笑)

人生も半分を通過して、残りの人生どう生きていくか・・・

今年は「二人でいいものをこの眼で観て体感しよう!」と

目標を立てましたが、結構、達成できたかな(笑)

これからも隣には、愛する奥様がいて美味しいもの、

美しい景色を共有し思い出をいっぱい作っていきたいですね。

今月の恒例、月いちランチデートは、なかなかオツで

ありました・・・。

「妻籠・馬籠」、お勧めです!










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